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癌と視えないモノ。2 [大きなチカラ]

先生からのお話が終わって、病院を出た。
 ・・・たくさんのお気遣いの言葉をいただいたのは覚えているが、ぐるぐる渦を巻いて
 とりあえず指がとても冷たくて、感情を殺すのに精一杯だった。

ちょっと前から始めたチャリ通勤のおかげで、
駐車場内の車内でワンワン泣くような様を晒さずに済んだことを ちょっとだけ感謝した。

・・・・・なのになぜか私は、笑っていた。
涙が滲み出てはくるのだが、なぜか笑わずにはいられなかった。
 笑いながら、泣きながら、自転車をこいで。

 なぜ泣いているのだろう?と。
 なぜ笑ってしまうのだろう?と。

命が無くなる可能性は0だっていうのに。
失うものなんて何も無く、見つけてもらえたのが奇跡って言ってもいいくらいに幸運なコトなのに!

オツムが馬鹿になった気がして、泣き笑いしてる自分はきっと滑稽で。
もうわけがわかんなくなって、おかしくて仕方なかった。

 これは、衝撃だ。と思った。
 うちは心に衝撃を受けても、涙が出てくる生き物なのだと。
 そして自分ではどうしようも無さ過ぎて、できることは 笑うことしか出てこないのだと。


それでも家にたどり着くと、それはもう嗚咽まじりにたくさん泣いた。
 安心する我が家だからかもしれないし、誰にも見られないからかもしれない。

 独り言はうちの特技にもなりそうなだけに、マイワールドを思う存分に展開し
 誰もいない部屋の中で、涙なみだしながらティッシュ片手にしゃべり続けた。

うーむ。客観的に酷くイタイ。


とりあえず落ち着いたところで、マイワールド内で会議を開き、
現状確認とすべきこと、そのプラン、その流れ、その際の母の精神状態を想定。
 非常事態にも備えるため、コチラの精神状態を確固たるものにする。。。!

実家に電話した。
 ・・・電話に出たのは父だった!
 ちょっといきなり不意打ちだったのだが、少ししゃべって母に替わってもらう。
 母にできるだけ衝撃を与えぬように、病院の結果を伝えた。
 
 どれだけ前向きに落ち着いて明るく話そうとも、母も相当な衝撃だったようだった。
 声質がガラリと変わってしまったため、受話器の向こうでひどく父が騒いだ。
 渋る母を説得して父に電話を替わってもらい、父にも包み隠さず話をした。

 父がそれを聞いたことを後悔したのかは知らない。
 けれども、家でダラダラと愚痴をこぼし続ける父、という姿は どこかへすっ飛んで行き、
 幼い頃カッコ良かった父、という姿が突然降ってきたのだけは 理解した。

 その姿は私が父の血を受け継いでいるんだな~と、とても良くわかる姿であった。
  少なからず衝撃を受けた父は、「理想的な父親の仮面」を瞬時に被って見せたのだから。
 正体を知っている娘から見るその姿は、ちょっと笑ってしまうほど可笑しくて、
 見栄っ張りとはいえ、逞しささえ感じたし、動揺している母がいる中で とても有難いものだった。

父には母のフォローをお願いし、再び母と話をした。

 母は話をする場所を自分の部屋へ変えたようで、そばで様子を伺う父がいない分
 経験者だけに不安な気持ちや、結果を聞く場に自分もいるべきだったと悔やむ声をたくさん聞いた。

私はそんな風には全く思わず、さっきまでのグチャグチャっぷりが母に知られなくて良かったと、思った。
 もし母と一緒であれば、自分は間違いなく子供になってしまって、
 今の数倍母を心配させてしまう結果になっただろうから。

親の前では、子はいつだって子供なのだろうけれど。
 もう30も近くに見えてきている歳なのだから。 子には子の、プライドってものがある。
  逆に支えたい年齢でもあるんだから・・・!

電話を終えて、母の存在に改めて感謝した。
 母がいるから、頑張ることができて、頼ることができて、笑顔を見せることができる。
 母がいるから、私がここにいるのだし。
 虚勢が半分以上だとしても、経験者の母も、とても気丈に笑顔で拳を握って見せたのだから。


2010-01-15 00:46  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
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