So-net無料ブログ作成

癌と視えないモノ。4 [大きなチカラ]

病院には、2泊3日の手術となった。

 生まれてこの方、入院も初めてで手術も初めてだったが、
 病院そのものには馴染みがあるのが 可笑しな違和感だった。

母が病院で過ごすのに使ってと、差し入れてくれたのが、1冊の本と真っ白のノート。
 何年か前の母の入院の際に、私が差し入れたものであったことを忘れていた。
 びっくりしながらも、ちょっと嬉しかったりする。
 私はたった2泊3日で、書くことといってもわずかな気がするのだが・・・
 それでもこぼせる場所や、書き留める場所があるのはありがたいことだから。

何気に手に取ったノートから、写真が2枚こぼれ落ちた。
 何の写真だろう?と拾い上げた写真の中には、今は亡き愛犬の姿があった。

「・・・っ!」
 びっくりしたときには、涙が止まらなくなっていた。
 反則だと思うくらいに 不意打ちで、嬉しくて。 
 このタイミングにこの写真を選んで持ってくる母の敏腕さにも、びっくりした。

「何か持っていこうと思った時に、ナナの写真が目に留まったから。連れてきちゃった」
「ナナはね、あなたのために、我が家にやってきた犬なんだよって 教えてもらったの思い出したから」

優しく語り掛けてくれる母に、涙と鼻水でずくずくになりながらも、ありがとうって伝えた。
 占い等で、そういうご縁が視える人に太鼓判押してもらわずとも、ナナの存在ははっきりと自分でもわかる。



野良犬だったナナは、うちにやって来たときには成人してるくらいに育っていた犬で、
そこまで育つまでに苦労があったのだろう、強い人見知りと怯えが染み付いていた犬だった。

黒毛に細かい茶色の斑ブチの犬。ピンと立った両耳、首下から胸にかけては真っ白なひし形。
足先には白い靴を履いているようで、雑種のわりに細身で脚長。 キレイな犬だと一目で気に入った。

美人で賢いナナには、うちの相談をたくさん聞いてもらった。
誰にも言えない恋愛の悩みや、愚痴。
心細いときは 抱きつかせてもらったし、
怒り心頭のときには、まるで怒られ役のようにシュンとして聞いてくれた。
 ナナしか知らない話は本当にたくさんあって、親友・・姉・・・女神!?と思うくらいの存在だった。


そんな貴重な存在であるのに、死んでしまったというだけで、私の支えからは希薄なものになっていたのだ。
 ・・・永遠に 失ってしまったもの。 
 もう感じることも、触れることもできないものになっていた。  そう思っていた。

そういう自分勝手な意味で、残念なことに私には霊的なものが視えるという能力がない。

だというのに、ナナが来てくれたのだ。
霊的な才能が無くても、理屈なしで嬉しかった。
 永遠に失ってしまったと片付けるのも、仕方のないこと。 それでも、こちらの想い次第では
それは簡単にひっくり返る。 今もこれからも、そばにいてくれている!


その日はノートとティッシュを持って、ほとんどの時間涙していたように思う。
 悲しいんじゃなくて、心が震えて涙した。

隣のベットでは いびきと寝言が酷かったけれど、私は思う存分 自分だけの時間を満喫した。
 こんな時間もまた、何年かぶりの貴重な時間に違いなかった。

新しい発見はいくつもあったが、際立ったものは2つ。
 自分はアレやコレやと思案はしても、どちらかというと薄情な人間ではないか。と思っていた。
 母のように、アグレッシブに行動することはできない性分だし・・・。
 やゃ押し付けに近いくらい強引な母ではあるが、その行動の全ては愛情に溢れている。
  そんな母を尊敬しながらも、とてもじゃないが自分には真っ直ぐ貫けそうにない;
  そんな母を見ていると、自分はなんて打算的で卑怯なのか。と思ってしまうのだ。

 けれども、今回の入院沙汰で、それは比べるまでもないことであり、比べることが悪いわけでもなく、
 このうれし泣きが止まらないのがその証明のようで。
  誰かのことを想う時、心のどこかで皮肉ったように「キレイゴトダ」と聞こえる声に怯えてさえいたのに、
 「一切の理屈や理由が必要ない。」という、原点。

 「起こる物事には、必ず理由がある」 そう思ってきた自分には、ひっくり返る度合いが違った。
 でも、誰に諭されるでもなく、身体で知ってしまったのだ。
 そのままありのままに生きていって欲しい。と願うタケへの想いは、自分へも願えることだった。
  打算的で精密なシュミレーションを展開し、コトがうまく運ぶようにと策を練る自分には、
  もう出来ないことだ。と、勝手に思い込んでいたのだ。

 タケの真っ直ぐな眩しさは、憧れであり、あてつけのように容赦ない。
  それにも到底敵わないと、自分の汚さを思い知らされるような感覚にも陥ったものだったが、
  ひっくり返せば、「手を伸ばせば届くものだ」と、ソレはこんなにも身近にあるものだ。と
  タケからすれば、無意識かもしれないが・・・身をもって証明してくれているのかもしれないのだ。

 手段は手段。 個々それぞれ、好きなやり方でいいはずだ。
  拘りすぎは、毒になる。 ・・・それは知っていたハズだった。
 「もっと素直になれ」と、毎年診てもらう手相占い師(500円)が五月蝿く言うお決まりのセリフはコレか。
  お決まりすぎて、もうそれしか言うことがないんじゃないかと疑ったほどだ。
   「素直」という言葉が漠然としすぎていたが、確かにまぁ素直という言葉を使うくらいしか表現は難しいかもしれない。

 ――うっとおしくて重くて分厚い雲が、霧散したようだった。

もう一つは、視えないものの存在。
 前にも語ったように、私には霊的なパワーはない。
 母と兄は、少なからず持っているようなのだが、私には遺伝されなかった。
 ・・・厳密には、微量は所持しているが微量すぎてわからないのかもしれないし、
 単に私の受信アンテナの具合が悪いだけかもしれない。 

 どの道、無いものねだり的に羨ましいと思うし、視えてしまうことが幸せか?と言えばそうでもないのも知っていて。
 けれども、江原さんの番組なんかを見ていると、心打たれるものがあり、
ものすごいご都合主義な物言いになってしまうが、それはとても神秘的で神聖な、持ち得ないからこそ素敵に視えてしまうのだ。

 そしてそれは、とても非現実な世界。 だというのに、ものすごく身近だと言うのだ。
 そういう内容の話は、話してもらっても教えてもらっても、微妙にキャッチしきれないジレンマがある。

 「・・・そうなんだ」 としか、言いようが無いではないか。 
教えてもらったらソレを感知できるほど、急激に能力がアップ!なんてシステムにはなっちゃいないのだから。

 視えない私の立場からすれば、それは占いのように心に留めるくらいの認識でしか、理解できないのだ。

 ・・・それを覆してくれたのが、愛犬ナナの写真だった。
 これまた恐ろしく簡単に。アッサリと。

 見えない触れられないから、なんだと言うのか。
 死んでしまった、喪失してしまったからといって、消去する理由はどこにもない。
 ・・・ナナに、謝りたくなった。 よく説明できないが、死してなお、もう10年以上経過しているというのに
 いつもそばに居てくれていた。と、認識してしまうのだ。
  ――ただ、それに私が気づけなかっただけ。 

本当に、「身体は無くなっても、いつもそばにいる」というのを、これまた身体で知ってしまったのだ。
  映画などで感動しよく涙したものだが、、それは、ものすごい夢の無い話になってしまうが、
  「体験し得ない、体験」というカテゴリーに自然と振り分けていたのだろう。
   ・・・願わくば。そんな想いをいつか自分も、、、。と 夢見る気分で終了していた。

 それが、こんなタイミングで、こんな形で体感できようとは。
 それは、母の考えなのかもしれないし、母がナナの想いを受信してくれたから起きた出来事かもしれない。
そんなことはもうどうでも良く、このタイミングだからこそ、私はストレートにキャッチできたのだろぅ。
  もう、誰にお礼を言っていいのか、わからない。

自分を含め、愛情に溢れていたようだ。 そして、考え方の幅も広がった。
 目から鱗、とはよく言ったものだ。 ・・・一体何枚剥がれ落ちたのかw
 そして、私の身体からも実際に剥がれ落ちるものがあった。
  子宮は残っている。 未来までも残された私は、お医者さんにも感謝である。

感謝と発見と、再認識と自身の更新と・・・・。
 この病気にさえ、感謝したくなってしまう。  これは、とても必要で必然でありたい経験だった。


2010-02-11 19:25  nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(2) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証: 下の画像に表示されている文字を入力してください。

 
メッセージを送る

このブログの更新情報が届きます

すでにブログをお持ちの方は[こちら]


この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。